全部めぐったら沖縄通!?沖縄の世界遺産全9か所

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沖縄には小さな島の中に、たくさんの城(グスク)や遺跡が存在しています。
その中から9か所が選ばれ、ユネスコによって2000年(平成12年)に世界遺産に登録されました。
正式名称は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」。
古いものでは600年以上昔につくられた壮麗な石垣、
今でも神の気配を感じるスポットなどが、島全体に点在しています。
歴史の風を感じるスポットをめぐってみませんか。

特に城跡は坂を登ったり、歩いたりすることが多いため、
歩きやすい靴での来訪をおすすめします。
また、暑いので夏の日中時間帯は避けたほうがいいでしょう。

那覇周辺

首里城

琉球王朝時代、国王の居城だった首里城。
1945年、第二次世界大戦の沖縄戦により全焼し、その後跡地は琉球大学のキャンパスとして使われていました。大学の移転により復旧事業が推進され、往時の姿を蘇らせています。風水上最も良い場所に建てられたとされ、パワースポットとしても注目されています。
世界遺産に登録されているのは、復元された建物ではなく城跡となります。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

首里城の入り口、守礼門と正門である歓会門の間にひっそりと佇んでいます。国王が首里城を出て各地をめぐる際に、旅の安全を祈願した場所です。門のみで本殿はなく、門の後ろに広がる森が御嶽にあたるとされています。沖縄戦で大破してしまいましたが、復元修理され1986年に完成しました。

玉陵(たまうどぅん)

かつて琉球王朝には「改装」という風習がありました。一度土葬した遺体を腐らせて掘り出し、「洗骨」を行い改めて陵墓に安置するというものです。玉陵は1501年に当時の王、尚真王が父である尚円王の遺骨を改装するために築かれたものです。その後、王族の陵墓として代々利用されました。石垣に囲まれた敷地内は、静寂に包まれています。

識名園(しきなえん)

1799年に造営された琉球王家の別邸です。王家の人々の保養所として、また外国からの使者の接待としても使われていました。ぐるりと池の周りを歩きながら景色を楽しむ「回遊式庭園」という形となっています。琉球石灰岩を使った石積み、赤瓦の木造建築など、沖縄ならではの美しい建築をじっくりと楽しめます。

北部

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

琉球王朝が統一される前、沖縄は北山・中山・南山の3つの勢力が拮抗する「三山時代」でした。今帰仁城跡は最も北部の北山国王の居城でした。山の傾斜を利用して、幾重にも連なる石垣が印象的です。最も高い場所に登ると城の様子が一望でき、森の向こうには海が見えます。城内には緋寒桜が植えられ、毎年1月下旬から日本一早い桜まつりが開催されます。

中部

中城城跡(なかぐすくじょうあと)

14世紀後半に中城按司(なかぐすくあじ)によって築かれ、その後1440年に築城の名手と言われた護佐丸(ごさまる)により現在の城の形が完成したと伝わります。高度な技術によって石積みが築かれており、当時の技術は本土より進んでいたと考えられます。標高160メートルの山の上にあるため、素晴らしい眺望を楽しめます。

座喜味城跡(ざきみじょうあと)

15世紀初頭に築城の名手、護佐丸(ごさまる)によって築かれた城です。こじんまりとした城ですが、石積みのアーチ門、美しい曲線を描く城壁が見事です。城からは残波岬、恩納村の海岸、天気が良い時は那覇市や遠く慶良間諸島まで見渡せることもあります。絶景をのんびりと楽しめます。

勝連城跡(かつれんじょうあと)

12~13世紀に築城された、沖縄の城の中で最も古い城と伝えられています。農民出身の阿麻和利(あまわり)が時の勝連按司(あじ)を倒して城主となりました。中国や東アジアとの貿易を積極的に行い、繁栄を極めた阿麻和利でしたが、首里王府に謀反の嫌疑をかけられて滅ぼされます。山を利用した高台の城郭跡からは、海中道路や中城湾などの景色を一望できます。

南部

斎場御嶽(せーふぁーうたき)

琉球の始祖、アマミキヨがつくったとされる琉球最高の聖地です。琉球国王を守護する神女「聞得大君(きこえおおきみ)」の就任の儀式もここで行われていました。亜熱帯の森を歩いた先に拝所があります。特に巨岩がよりかかるように合わさる三角岩の様子には圧倒されます。風の音や鳥の声だけが聞こえる静寂に、神聖な雰囲気が漂います。現在でも参拝客があとを絶ちません。

ドライブをして各地をめぐるのもおすすめです。
琉球の時代に思いを馳せてみませんか。

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